人民元改革と中国の思惑(前)
中国当局は7月21日午後7時をもって元レートを約2%切り上げた上で、翌22日から一定の範囲内での管理フロート制を導入した。今回の元レート改革の概要は次のようなものである。(日本経済新聞(7月22日)に掲載された中国人民銀行の公告要旨より)
@7月21日から市場の需給に基づき、通貨バスケットを参考に調整した管理フロート制度を導入する。
A中国人民銀行は毎営業日の為替レートの終値を翌営業日の売買の中間レートとする。7月21日午後7時における米ドルの対人民元レートを1ドル=8.11元とし、22日の売買の中間レートとする。
B現段階では、米ドルの対人民元レートの変動幅は中間レートの上下0.3%以内にとどめる。
C米ドル以外の通貨の対人民元レート変動幅については一定枠内にとどめる。(「一定枠」についてはその後すぐ上下1.5%であることが判明)
今回の元改革に対する先進各国の通貨当局者のコメントは一様に、元が国際的な通貨制度へ本格的に参入する第一歩として評価するというものであるが、もう少し掘り下げて分析するとどうなるのだろうか。おそらく今後暫くの間、このような分析が経済関係各誌で盛んに取り上げられるであろうが、本稿でもクルーグマン国際経済学に立脚しつつ、可能な限りオリジナリティのある分析を試みていくこととしたい。
しかし率直に言って、この公告だけでは不明瞭な部分が多く、今回の改革の帰趨については評価が難しいのだが、そのことはおいおい述べていくことにして、まず、今回の改革が管理フロート制度である、という点に着目してみたい。管理フロート制度とは、変動相場制を採用しながらも、通貨当局が為替市場に介入して為替の動きをコントロールしようというものである。実は中国は従来からも制度のうえでは為替レートは上下0.3%の範囲で変動することが可能であったが、通貨当局が市場に全面的に介入して事実上対ドルレートを固定してきた。つまり事実上固定相場制を採用してきたのである。
今回の為替コントロールに関しては、上記Bで米ドルの変動幅は上下0.3%以内と打ち出されているが、これだけではこの上下のリミットにぶつからない限り市場で自由な変動が許容されるということなのか、それともこの幅の中で当局がコントロールするということなのか判然としない。前者の解釈が当てはまるのならば、元レートは3ヶ月で20%強も増価することも理論的には可能である。しかし実際の為替レートの変動を見る限りその解釈は的外れのようだ。事実、公告からちょうど1週間を経た7月28日の終値は1ドル=8.108元であり、一方的な元高になどなっていないばかりか、この1週間の元の変動幅は最安値で1ドル=8.1128元(27日)、最高値で1ドル=8.108元(28日)というように7月21日当初の中間レートである1ドル=8.11元に対して上下あわせても0.06%しか変動していない。当局が公告した上下0.3%には遠く及ばない水準である。当初はBだけをみて、3ヶ月で元の対ドルレートが20%以上上昇することもある、というような観測も見受けられたが、到底そういうことは起こりえない、ということがこの1週間の値動きを見てほぼ明らかとなったというところではないか。
しかし、では今回の改革は何をどう変えようというものなのか。2%という低いゲタを履いただけ、というのであれば、米議会からすぐにまた強硬論が噴き出すことは中国当局も十分承知しているはずだが。どうすれば批判をかわせるか?それは勿論中国が引き続き元の段階的な切り上げをしていければ問題はないが、それは現実的に不可能であろう。したがって現実的な対策は、「元の為替レートについては市場を尊重しています。」と答えられるシステムに切り替えたことをアピールしていくことであろう。資本主義体制の下では、市場が決めた価格体系に従っているというのに、「それはおかしい」とクレームをつけることは全く不可能ではないが、かなり難しくなる。そう考えて再度公告を眺めてみると、今回の改革の命運を握っているのは「市場の需給に基づき、通貨バスケットを参考に調整した」というフレーズにあるのではないか。そこで、次に通貨バスケット方式について若干解説しながら、今回の改革との関係をみていくことにする。
通貨バスケット方式というのは多種の通貨との間の相対的な為替レート変化をウエイト付けして為替レートを決めようというものであるが、簡単な数式を使ってその骨格を示すことができる。
今、仮に中国当局が採用する通貨バスケットが、ドル($)、ユーロ(EUR)、円(¥)で構成され、その構成比がそれぞれα、β、γである(0<α、β、γ<1であり、かつα+β+γ=1)とする。ここで、期初(スタート時点)での為替レートと一定期間後の為替レートが次の表のようになったとしよう。
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期初 |
一定期間後に…… |
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ドル |
1元=x$ |
1元=ax$ |
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ユーロ |
1元=yEUR |
1元=byEUR |
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円 |
1元=z¥ |
1元=cz¥ |
言うまでもなく、このときa,b,c>1であるなら、元は通貨バスケットを構成する全ての通貨に対してこの期間に元高になったということであり、逆にa,b,c<1であるなら、元は全ての通貨に対して元安になったということになる。そして通貨バスケット方式による元レートの増価率は次の式で示される。
αa+βb+γc (1)
ちなみにいくつか具体的な数値をあてはめてみると分かり易くなる。例えば通貨バスケットの構成比がドル:ユーロ:円=7:2:1としよう。このとき、ある一定期間に元が対ドルも対ユーロも対円も全て10%増価したとしよう。つまりa=b=c=1.1となる。このとき(1)式から元の増価率が10%となるが、これは分り易い結果だろう。では、ドルに対しては増価したが、他の2通貨に対しては増価も減価もしなかったときには果たして元がどれくらい増価したと評価すべきであろうか。このとき、(1)式に依れば元は7%の増価となる。つまりユーロや円に対して増価しなかった分を割り引いて評価している訳である。さらに仮にドルに対しては同じく10%増価したが、ユーロや円に対しては減価したとすればどうか。例えばこれら2通貨に対していずれも23%減価したとすると、(1)式によって元は
0.7×1.1+0.2×0.77+0.1×0.77=1
となって、増価も減価もしていない、という結果になる。
以上は通貨バスケットの構成比をドル:ユーロ:円=7:2:1とした場合であったが、この構成比を違えれば結果も違ったものになってくる。例えばドル:ユーロ:円=5:3:2としたらどうだろうか。簡単な計算の結果、1番目の例ではやはり10%だが、2番目の例では5%、3番目の例では−6.5%となってむしろ元安になることがわかる。このように通貨バスケット方式は通貨の構成比によって結果が異なってくるが、今回の改革においてはこの構成比は勿論のこと、そもそもどの通貨を含んでいるのかも一切ブラックボックスであって公表されていない。ともかくも繰り返しになるが、このように多通貨との為替レートの変化を相対的なウエイトをつけて加重平均して元の為替レートを決めよう、というのが通貨バスケット方式と言われる仕組みである。
さてそこで上記@の「通貨バスケットを参考に調整した管理フロート制度」とは如何なるものになるのだろうか。ここでも今回の公告のはっきりしない点が浮かび上がるのだが、通貨バスケットを参考にしつつ行なう調整というのはどのくらい頻繁なものなのだろうか?毎日行なわれるのか。それとも1週間なり1ヶ月なりという定期的に行なわれるのだろうか。原則は定期的としておいて、市場に予想に反した急激な変化が生じた時には臨機応変に調整することもあるのだろうか。これは今後の元レートの趨勢を観察する中で中・長期的に次第に明らかになってくると思われるが、議論を進めるために、ここでは3ヶ月なり半年程度の一定期間ごとに調整するものと仮定してみる。つまり日々のあるいは短期の為替レートは通貨当局の介入を前提とした管理フロート制で決定され、中期的にそれを市場実勢を反映したものに修正するために、通貨バスケットを参考にした調整が行なわれると仮定する。
すると次の関心は、中国当局が為替レートの中期的な動向をどう読んでいるか、ということに移る。これは実質為替レートの問題でもある。通過バスケットを構成する通貨がドルとユーロと円であると仮定して、それぞれの通貨は対元で中期的にどう推移するであろうか。これはアメリカ、ヨーロッパ、日本そして中国の生産活動の動向と密接に関連したものとなる。需要、供給をめぐる実質為替レートの変化としては、理論的には次のことが成り立つ。すなわち、ある国への世界需要が相対的に増大する時、その国のレートは長期的に実質増価する。また、ある国の生産量が相対的に拡大する時は、その国のレートは長期的に実質減価する。
このセオリーを元にして、通貨バスケットがどのようにして元レート調整機能を果たしていくのか、それを次回考えてみたいと思う。
(2005・7)
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